それぞれの " ものがたり "
『ゆずの香りのハンドクリーム』

ばぁちゃんが動かなくなった。あんまり、動かなくなった。
寝てばっかりで、声をかけてときどき、顔だけゆっくりこちらを向く。
ご飯を食べるときはベッドが動いて、ばぁちゃんの上半身だけが起き上がる。
ばぁちゃんが顔を動かすのと同じくらい、ゆっくり。
ばぁちゃんと一緒に暮らしていたのは18歳までで、
わたしが家を出ると同時に、ばぁちゃんは伯母、つまり自分の娘と暮らした。
抜け殻になった家はそのまま海の近くにあって、時々風を入れ替えるだけだけの場所になった。
それからのばぁちゃんは台所の主ではなくなり、腰はどんどん曲がった。
それから3年経って、インターンのため半月だけ、地元に戻った。
そのとき、ばぁちゃんはわたしのために台所へ立った。
叔母の家から離れ、わたしが寝泊まりする海の近くの家にやってきて
混ぜご飯と、芋のまんじゅうを作り、朝は漬物をどっさり並べて、
夜はそんなに好きじゃないちくわの入ったカレーを作ってくれた。
それからまた地元を離れて一人で暮らして、わたしは時々しか家に顔を出さず、
ばぁちゃんは伯母の家も離れて、年寄りばっかりが暮らす施設で暮らし始めた。
そして今、目の前には、ほとんど動かなくなったばぁちゃんがいるのだ。
返事がなくてもマシンガンのように話しかける伯母と、ゆっくり動くばぁちゃん。
ご飯を食べるためベッドがゆっくり持ち上がり、伯母が食事をばぁちゃんに食べさせる。
その様子をただ見ていた。
やることがわからない、お見舞いは苦手だ。
ご飯が終わって、お土産、渡したら帰ろう。
食事の間、知ってるくせに、伯母はわたしがどこに住んで何をしてるかを、ばぁちゃんの前で聞く。
伯母に答える流れで、ばぁちゃんの方を向く。
ばぁちゃんの目はシワシワの中に埋もれている。
手もシワシワ。小さくて、シミがあって、シワシワ。
手早く動いて、かぼちゃだって包丁で切ることが出来るほど力があった手なのに、
触ると手のひらはすべすべで、つまんだら皮はびっくりするくらい伸びる。
ショルダーバッグを開いて、ハンドクリームを取り出した。
箱に入ったハンドクリームを枕元の棚に置いた。
それでお見舞いを終わろうと思ったけど、もういっかいバッグを開けて、
使いかけのハンドクリームのチューブをわたしの手の甲に絞った。
チューブの蓋を閉めてから指先で取って、ばぁちゃんの手にクリームを広げた。
ばぁちゃん、この匂いすき?
ばぁちゃん、わたしも同じの使ってるんだよ。
ばぁちゃん、手しわしわね。
すりすり、ばぁちゃんの手をさすりながら、涙がぶくーっと浮かんでつーっと流れる。
ばぁちゃん、また来るね。
ばぁちゃんのお見舞いへ行くのは、やっぱり苦手だ。

ものがたりに登場する商品
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オーガニック国造ゆずハンドクリーム |