それぞれの " ものがたり "

『NENRIN 時計』


3年半付き合ってきた彼がようやく結婚に前向きになってくれて

生まれて初めて私は家を出ることになった。

これから、結婚を前提に彼と一緒に暮らすことにしたのだ。


まだ余裕、と思っていたけど、引越しは日に日に迫り、明日が引越しの日。

母と二人で過ごしてきたここが、今度こそ母一人の家になろうとしている。

細かくて口うるさい母。疲れた父がまず家を出て、今度は私が家を出ようとしている。


とりあえず春物の服まであればなんとかなるか。

荷物をまとめるのにもすっかり飽きて、廊下に出て真っ暗な階段を降りた。

電気を点けなくても、段の高さは身体が覚えている。


リビングでは、母が踏み台に乗り、壁にかけた時計に手を伸ばしていた。


「時計外すん?」


頷く母に近寄り手を伸ばして、母から時計を受け取る。


我が家の時計は、バームクーヘンが重なったような柄の木の時計。

すべすべで、触ると母に叱られるけど、外した隙にこっそり撫でたものだ。

電池交換したいのかな、と、手元の時計をひっくり返すとすぐ、

背面の言葉たちが目に飛び込んだ。


どうして今まで気がつかなかったんだろう。

時計の裏には、私の生まれた日とメッセージが刻まれていた。


『20XX. 10. X.

沢山の幸せが降り注ぎ、家族が

健やかで穏やかな人生を送れます

ように       XX XX』


メッセージの最後に、見慣れた母の名前と、久しぶりに目にする父の名前があった。


父が出ていく前、母は疲れて時々泣いて怒鳴り、一方の父はそれを静かにやり過ごして、

あとで私を外に連れ出して、お菓子を買ってくれた。

どうして喧嘩ばっかりするのかなと当時の私は心の中で嘆いたけれど、

ずっと口を聞かない二人の姿は、喧嘩を見るより寂しかった。


家族3人が一緒に暮らしていて、いい時もあった、悪い時もあった。

永遠に穏やかな暮らしとはならなかったけれど、

そのひとつひとつが積み重なって今日に繋がった私の家の大事な歴史だ。


「その時計、持って行く?お父さんにも言うとくわ」


私が家を出るこの機会に、二人は連絡を取り合っていた。

そのことが私を励まし、形が変わっても続く家族を思わせた。


父の祈りは離れても続いているだろう。

私もそこに同じ想いを重ねる。

どうかこれからも、健やかに穏やかに過ごせますように。


「この時計には、お母さんのこと見守っとってもらいたいんよ」


長い時間をかけて一つずつ重なり続ける年輪のようにまた、私も想いを重ねていく。


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