それぞれの " ものがたり "
『ふたえ』
友達に、おばあちゃんちの匂いがするね、って言われたとき、
それが毎朝手を合わせている仏壇の線香の匂いだと、気づかなかった。
お弁当に入れるのと同じ、炊きたての白いご飯を、
お母さんがよそう。
小さい山のように盛られたご飯を渡され
「お父さんに、おぼくさんあげて来て」
と頼まれて、そのまま線香をあげるのが子どもの時からの毎朝の日課だ。
線香の煙の向こう側で微笑むお父さんは、どの友達のお父さんよりも若い。
写真に向かって手を合わせて、何を思うともなしに、目をつむる。
ぱち、と目を開け、手を伸ばしてコップを掴む。
「お父さん、喉乾いたって」
ぽってりと下が膨らんだコップをお母さんに渡す。
お母さんは冷たいお水でコップを満たして、仏壇へ持って行った。
お母さんのコップは飲み口が広くて、形が逆さまのお揃いのコップらしい。
線香をあげたあと、乾杯して、お母さんは自分のコップの水をぐっと飲み干す。
これも子どもの時から続く、朝の同じ光景。
このコップで飲むと、水が美味しいの、とお母さんは言う。
お父さんにも美味しい水を飲ませないとね、と。
隣を通り過ぎるとき、お母さんからも、慣れた匂いがした。
お父さんも、きっと毎朝の水を美味しいって言ってるんだろう。
線香の匂いって、今日も言われるだろうけど、わたしはこの匂いが好きだと思った。
ものがたりに登場する商品
能作 ふたえ |