それぞれの " ものがたり "
『錫のタンブラー』
アジア旅行好きな叔父のスリランカ土産で、なんだかよくわからない置物をもらった。
叔父の趣味はよくわからないけれど、甥っ子にまでよくも毎度、土産を用意するなと感心する。
同じく、母にはペンダント、父にはビールタンブラーだった。
そして、もう一つ、お揃いでビールタンブラーを置いた。
母がペンダントを胸に当てて言った。
「気を使わなくていいのに」
「中身はここで飲ませてもらいますから。」
どうやら叔父は自分の分のタンブラーも、我が家に置いておくつもりらしい。
父と叔父は仲がよく、暇さえあれば叔父はうちに来て一緒にご飯を食べるのだ。
お揃いで受け取ったタンブラーを見て、父が呟く。
「ビールタンブラーか」
「覚えてる?」
「覚えてるよ。親父のタンブラー。」
話が見えず、僕は聞いた。「何、何の話?」
「錫で出来たビールタンブラーと言えば、僕らの親父の大事なもの、だったんだよ」
続けて叔父が話し出すのを、父も黙って聞いていた。
「実はコレ、マレーシアで買ったものじゃないんだよ。
マレーシアの土産物に錫製品ってごろごろしてたんだけど、中国製らしくて。
気に入るのもないけど欲しくなっちゃって、
結局日本に帰ってきて親父の使ってたタンブラーに似たのを探したんだよ。」
同意を求めるように、叔父は父を振り返り、父は頷く。
「仕事を辞めるときに会社の誰かに貰ったらしくて。
別段、物にこだわりがあるようには見えなかったけど、ビールはあれでしか飲んでなかったね」
「うまいのかな、と思ってはいたけど、親父のを使うのも気が引けたしな」
「だからさ、ね、試そうよ」
「ーだそうだ」
「ハイハイ。もちろん冷えてるわよ」
僕の記憶に残る祖父は、最後は痴呆が進み、人の区別もつかない状態だった。
なのに振り返ると、頼もしい頃の父なのだ、少なくとも二人にとっては。
何をきっかけで故人を懐かしむか。例えば僕にとって、父の象徴は何だろう。
同じように、タンブラーを見て懐かしむことになるかもしれない。
出来たら僕も、何かこだわりがあるものを残したいなと初めて思った。
ものがたりに登場する商品
大阪錫器 錫製のタンブラー スタンダード |